シンギュラリティが来たら(妄想)

(人工知能の技術的特異点という意味での)シンギュラリティについての妄想記事です。

 

もしシンギュラリティが来たら、極めて高度な技術が当然開発・研究されるはずです。これは指数関数的に進んでいくのでしょう。そうなると、最新だったはずの技術は次々に陳腐化されて世代交代されていきます。

ここで特許は意味を成さなくなってくるでしょう。

何故なら、特許を取った技術に類似したものはすぐに生み出されるだけでなく、加えて、それらを上回ったものが同様に生まれ出てくるからです。

このため、シンギュラリティ後の世界では、技術に関する利権は無くなります。かなり飛躍しますが、これが上手く応用され演繹、敷衍されていけば、全ての資源にフリーアクセスできる素晴らしい時代になるのではないでしょうか。

 

他方で、このシンギュラリティを起こすソフト/ハードの浸透が「思ったより停滞」してしまった場合は最悪です。シンギュラリティが始まった際に、その利益を享受できる側、できない側に別れてしまう可能性があります。

その場合は、享受できる側(恐らく一部の国と、その国民の一部だけ)がシンギュラリティによる利益の独占を行い、格差は過去最悪のものになるかもしれません。

無限の資源がある場合、どれくらいの人間が、他人に資源を譲る事ができる寛容さを持っているのか。

 

一刻も早く、生産的活動を全くしなくても良く、快感を得るだけの人生が始まって欲しいですね。

 

その時のエンタメ、宗教はどうなっているんでしょうか?

Amazon Prime Video オリジナル作品「UPLOAD」の作中に出てきた「バーチャル世界で風邪をひくためにわざわざ課金している人」をふと思い出しました。

安全が保証された上での自身への制約、縛りプレイみたいなモノを用いて、ようやく「有るモノ」の大切さが分かるような時代になるのかもしれないですね。

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