はじめに
選挙権は、歴史の積み重ねで獲得された大きな権利。 先人たちが血を流して勝ち取ったものだから、ありがたく行使すべきなのは頭では理解しているンですよね。
けれど 「本当に一番良い投票先」を正しく理解して選ぶなんて無理じゃないスかね。
世の中では、政策で選べと言われていますが、結局みんな人気投票で選んでいるように思います。 でも、今の仕組みではそれが当たり前だし、それ以外にやりようがないと思うんスね。
正解がなさすぎる
例えば、経済政策一つとっても何が正しいのかさっぱり分からないじゃないスか? 「MMT(現代貨幣理論)」は正しいのか? 日本は自国通貨建てだから無限に金を刷っても平気なのか? でも、そんなことをしたら円安が止まらなくなるンじゃないか?
消費税は減った方がシンプルに生活は楽になりそうスけど、下げない方が良いという専門家の説も一理ある気がしてしまう。(特に外食産業と農家が困るらしい。真偽不明)
移民問題。正直、外国人がいないと回らない現場があるという現実と、治安が悪くなるのは怖いという感情。このバランスをどう取るかなんて、素人に判断できるわけがないですし。
そして大企業の税金。税金を上げれば税収は増えるかもしれないンですが、企業が海外へ逃げてしまったら元も子もない。
そもそも、公約は本当に守られるのか? という根本的な不信感もありますし。
全員が賢くなる、という無理ゲー
理想を言えば、国民全員が勉強し続けて、知識をつけ、政治家が安直な嘘をつけないように監視するしかないと思うんスよね。でも、みんなそれぞれの生活の中で、全員に政治学者並みの知識を要求するのは現実的ではないし、強制なんてできるわけがないンですよね。
システムとして無理がある。
考えない方が合理的
そもそも、国民全員が政治の細部まで考えなくて済むように、代わりに政治を行うのが「政治家」という職業では?
専門的なことまで俺たちが突き詰めて考えなければならないとしたら、何のために彼らがいるのか分からないスよね。 だから、「俺たちはそこまでしっかり奥底まで考えなくても良い(考えない方がコスト的にお得、合理的)」というのが、ある種の正解なンだと感じています。
1票の意味と雰囲気
では、投票に意味はないか? 多分、1票で結果が変わる確率は限りなくゼロに近いスよね。
ただ、少なくとも「自分の年代の投票率を上げる」ことには大きい意味がある。投票率が高い年代に向けて、政治家は政策を考えるようになるからスね。
結論
俺たちは雰囲気で投票をしている。多分、それでいいンじゃないですかね。
無理をして分かったような顔をするより、「自分たちの世代はここにいる」という数を数えてもらうために、雰囲気で票を投じる。それが一番誠実で、合理的な有権者の態度なんじゃないかと思いました。
もちろん余裕があるなら勉強した方が良い。でも限界がある。
巡り巡って自分のためになるので、時間があるなら、とりあえず投票に行くと良いです。

